"「毒親」 の子供たちへ "書籍感想

自分を「毒親」の子供と認めることは、ただ人生の新たなスタートラインに立っただけにすぎない。これが書籍"「毒親」の子供たちへ"の最大のメッセージである。

「たしかに毒親に育てられたかもしれない。しかし、それと"これからの自分の人生の生き方"を混同してはいけない」

毒親」と親を罵ることは潜在的に「親に反発してしまう罪悪感」から逃れようとしていることの表れなので、「親と違う意見を持つ」自分を自分自身が許さなくてはいけない。結局は自分自身の心の問題であったのだ。

例えば「人に親切にしなくてはいけない」という自己ルールにとらわれすぎていると、逆に自分に親切で無い人を恨んだり、冷たくしてしまった自分を自分で責めて自己嫌悪に陥ってしまう。

自分にある程度寛容な人は、他人にも寛容になれる。寛容なひとは、他人に好かれる。

「他人を許せず厳しくしてしまうひとは、まず自分を認めて許すべき」なのだ。

「自分の親が毒親だったと気づくこと」は、「親との関わり方を再構築するきっかけ」にすぎず、「だから私はこの先一生不幸なんだ。その責任を親がとるべき」という考えは自分で自分を永遠に子供にして親に甘えているにすぎない。不幸に立ち向かってこそ成長につながるのだ。

人間誰しも完璧ではない。「親は親なりに一人の人間として一生懸命育ててくれた。」ということをまずは少しでも受け入れ、その上で「自分は自分。こう生きる」と線引きすることが大切。

毒親に育てられたおかげでこんな症状を患った」ということもあるかもしれない。

しかしそれは「自分を守るために起こった防御方法」なのだとその症状を憎むのではなく、「よくがんばったね」と自分を褒め、肯定すればいい。

「悩み」とは、一見「不幸の種」のような負のイメージがあるが決してそんなものではない。むしろ、人生をより良いものとするための改善提案なので、無い方が不自然。その悩みをきっかけに旅行に行き友人ができたりもするのだから。

自分と悩みをあまり悲観せず、「悩みをどう解消しようか」自分の為になることを行動しよう!

できない自分を許すことが、他人を受け入れ積極的に行動する本当の幸福の始まりなのだから。

父親嫌い

私は父が嫌いだ。

なぜなら自分を、「絶対的に良い人間」だと信じて疑わないからだ。

自分の中の正義を押し売りする人間はタチが悪い。

「ありがた迷惑」という言葉にふさわしく、「自分の想像の範囲内」でしか相手を見ていないので、「本当にそれが相手の望んでいることなのか」考えていない。自分本意の優しさを強要し、断ると「せっかくの俺の厚意を!」と、逆上する。自分こそ正義なので反省することは決してなく、被害者ヅラして相手を悪者にする。そのため良好な人間関係を築くことが出来ない。

小さい頃は、父の人間関係のトラブルやかわいそう自慢に「いつも人に傷つけられてかわいそう」と思っていたが、実際は父もまた人を傷つけていたのだ。

正直、私の父は家族全員から嫌われている。

その理由は普通の人であれば納得せざるを得ないエピソードが多々あるためだが、多すぎてここでは割愛する。

しかし、人間はたくさんの失敗をする生き物だ。

完璧な人間などいないと思うし、小さな失敗をチクチクとなじって父を嫌っている訳では無い。

真の理由は、上記した「自分を絶対的正義だと信じて疑わない性格」と、そこからくる「本当に相手に悪いと思って反省する」ということが無い点と、「相手を悪者にする」という点だ。

「喧嘩」とは、簡単にいうと「私はあなたにこんなことをして欲しくない」という主張のぶつかり合いだ。相手との信頼関係がある喧嘩は、すればするほど「次からはこうするね」と、改善が見込まれるのでより仲が良くなる場合が多い。

しかし一切反省しない人は、何度でも同じ過ちを繰り返す。「相手が嫌がっている理由」を理解しようとしないためだ。基本的に他者を見下しており、自分以外の痛みには本当に鈍感なため平気で「気にするなよ〜」なんて言う。逆に、自分がされて嫌なことはどんなに些細なことであってもいちいち注意してくる。また、人に注意した事を自分がやって平気な顔だってする。また、「良い事をする自分」が大好きなので、ことさら人助けじみたことをやって「良い人間」の実績を作り、自分は良い人間だと酔っている。

こういう人には何言っても無駄なので、本当に関わりたくない。喧嘩は、「きっと理解して改善してくれる」相手以外とはしてはいけない。

父は喧嘩すると形だけ謝る。本当に心から悪いと思っていないのはバレバレなのに、それを指摘すると「謝ったんだから許せ」「土下座でもすればいいのか」「親に説教するな」挙句の果てに「死ねば良いんだろ」と脅してくる。もう本当にうんざりだ。さらには「寄ってたかっていじめる」などと私を加害者にするのだ。

形だけの謝罪ならまだいいが、悪者にされるのは本当に気分が悪い。

こういう人は本当に周りを不幸にするのに、それを本人は全く気づいていないので、去っていく人をことごとく悪者にする。完全に負の連鎖で憎しみ以外何も生まない。

もしかすると、本当の自分を直視したくないから相手のせいにしているのかもしれない。

いずれにせよ、こんな記事を書く自分すら子供っぽいと思って自己嫌悪になる。早く一人暮らししたい。

メルカリでやってみたい販売

メルカリには驚くべき様々な商品が出品されている。

例えば、霊視鑑定などの占い系、パワーを込めた念力グッズ、電話で話を聞く相談系、アイコンイラスト製作、夢小説製作など…

「自分が商品を生み出す」という、ある種のハンドメイドみたいなものだ。これはすごい。

これなら仕入れ値などはあまり発生しないし、自分の特技を生かせるので売れれば売れるほど自己肯定感爆上がりだろう。「楽しい商売」に違いない。

私もこういった「自分だけの」ビジネスをやってみたい。今現在実家暮らしで家族の目があり出来ないが、電話で相談系の依頼をやってみたい。

特に、私と同じように親子関係で悩んでいる人の話を聞いてみたい。

解決の糸口を指し示すことはできないかもしれないけど、少なからず親に悩んだ者として歩み寄り、話をじっくり聞くことはできるばずだ。それが多少の癒しになってくれればいいなと思う。

あとは、アイコンイラスト製作。

絵が上手い人はこの世に大勢いる中、私の絵はちっぽけすぎるけど、

「自分の絵でお金を頂く」経験は、死ぬまでに一度だけでもいいからしてみたい。

以上2つの願望を叶えるためにも…

一人暮らしして相談系の依頼をはじめ、画力を高めてアイコンイラスト依頼をもらおう!!!

メルカリ 梱包 厚さ3センチの壁

久しぶりにメルカリに出品していた物が売れた。

本ならば梱包は難しくないけど、今回のは細長い物。ネコポス最小サイズになるように、なおかつ封筒の中で商品が動かないよう工夫する必要があった。

梱包するのが好きなので、つい厚さを気にせず緩衝材でぐるぐる巻きにしてしまう。すると、3センチ定規の枠に擦れるギリギリの厚さになり、送れるかと不安になる。結果的にはネコポスで送れた。ちょっと引っかかっても、3センチ定規がすんなり通れば大丈夫ということがわかった。

梱包材には100均のクッションシートと、ジッパー付きポリ袋、クラフト封筒を使用している。

専用の箱を買うより、それなりの枚数がある物を揃えたほうが全体的な梱包材節約になると思ったからだ。

まぁ、たしかに節約になっているのには違いない。しかし…厚みがギリギリになったために発送するのをためらったり、業者が無事に規定内として受理してくれるか不安の中待つ時間が生まれてしまう。

これはじつに時間の無駄だし精神的にもよろしくない。うん、よろしくない。

とりあえず今ある分の梱包材を使い切ったら、今度から専用の箱を買うことにする。あと、厚みは無ければ無いほど良いのだから好き勝手ぐるぐる巻きにするのではなく、「できる限り薄く巻く」ことを頭に入れておく。正直、タテヨコは封筒を折ったりしていくらでも対応できる。しかし厚みは、封をしてしまった後では対処できない。

厚みは絶対にあなどってはいけない!

絶対に薄く巻くこと!!!

アダルトチルドレン

健全な親子の関係ってどういうものなんだろうか。

「無償の愛」という言葉があるけど…

私には、父の「それ」を感じた経験が少ない。

高校までの学生の間までは、少なからず父を尊敬していた。

貧しいけれど一生懸命働き、家計を支えてくれた父の姿を見ていたからだ。

職場で嫌なことがあっても、決して辞めず耐える姿に大黒柱としての威厳を感じていたのだ。

しかし、私が就職し、働き出した折…

それらは全て見返りのある、「有償」のものなのだと思ってしまった。

社会人になって、父の考え方と違う考えを持つようになり、父の行動や言動に違和感を覚えることも多くなった。例えば

「家族なんだから」

この言葉は、たいてい「助ける側」から発せられるものだが、父の場合は逆だった。

お金を貸してほしいとか、何かして欲しい時…

「助けられる側」として、親の立場を持ち出してくるのだ。

また、あるとき

喧嘩の最中、父が言ったひとこと…

「誰がお前を育ててやったと思ってるんだ!出てけ!」

決まって父はこう言って私を殴った。

高齢であっても男は男。その力は私より強く、腕の長さもあってかわしずらい…なんて、殴られながら少し他人事みたいに思った。

幼少の頃は特に、些細なことでも公共の場でも構わず怒鳴られ、頭を叩かれた。

父は戦後数年で生まれた人。これくらい当たり前な家庭、時代で育ったのだ。

(父の両親もかなりの毒親で、そのエピソードはかなり悲惨…。)

現代の言葉で言うなら父も私もアダルトチルドレンなのだろう。

一刻も早く一人暮らしして毒を抜き、「大人」になりたい。

一人暮らししたい

「無気力な自分を変えたい」

「今時の同年代みたいに、明るくて、オシャレな自分になりたい」

という願望を叶えるため、一人暮らしを決意。

両親は、

「家を出る時は嫁に行くとき」

とか

こんな古臭いこと言うような年齢。60代。

だから実家暮しは色々と精神的にキツいことが多い。

「女の一人暮らしは危ない」

とか、とにかく引き止めたいらしいけど…

実際は子離れできてないんだよ。

年齢も年齢で、いつ何があってもおかしくないから

そばにいて欲しい気持ちも分かるけど…

じゃあ「何かあったら」

それこそ私は永遠に一人暮らしできないじゃん。

私は私のために私のしたいことをしたい。

正直、あまり人に執着しないたちなので、一人で自由気ままが人生の理想。

お願いだ。私を一人にさせてくれ。

自己紹介

何もしたくない21歳。

一日中家でスマホいじり、ご飯食べては寝てるだけ。

たまに気分転換に図書館行って本読む。

将来に対する不安通り越して、

何に対しても無気力な自分に不安がすごい。

やりたいことはあるけど、今のままじゃダメだ…

なりたい自分になるまでの記録ブログ。